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書評

ナット・ヘントフ著、藤永康政訳
『アメリカ、自由の名のもとに』

岩波書店2003.5.刊行

『東洋経済』2003.9.13. 57頁

 

 

アメリカを代表する屈指の批評家ヘントフの多彩な魅力を伝える評論集。市民的自由、ジャズ批評、人種問題、政治屋批判、またテロ事件後の政治社会をめぐって、「自由」をテーマにした珠玉の評論が並ぶ。現代アメリカ社会を批判的に捉えるための、豊かな源泉となる一冊だ。

ボストンのジャズ・クラブでテナー・サックスを吹いていたという著者は、ハーヴァード大学大学院を卒業後、一九五〇年代から現在に至るまでさまざまな調査報道や批評を手がけてきた。「ニューヨーク・タイムズ」や「ニュー・リパブリック」といったメジャーな新聞・雑誌において発言し、雑誌「ニューヨーカー」では看板記者として活躍。またジャズ批評の分野では最も定評のある「ダウン・ビート」誌の編集に携わり、最近ではニューヨークの左翼誌「ヴィレッジ・ヴォイス」の評論を執筆、テロ事件以降の政治社会問題を鋭く論じている。

ヘントフのいう自由とは、共同体主義に対抗するリベラリズムのそれであり、国家や群集心理といった集団的な権力に抗して、個人の市民的自由権を擁護するものだ。それは例えば、人種差別反対、不当な警察権力への不服従、学校における権威的な管理に対する批判、卑猥表現の権利擁護などに表れている。

彼の視点がユニークなのは、その背後にジャズの音楽があるからであろう。本書第二部のジャズ批評は演奏家たちの生き様に密着するもので、自由の精神が躍動する現場をよく伝えている。ジャズは個と集団の絶妙なバランスから成り立つ。そしてそこに生まれる緊張感こそが、自由に新たな生命を吹き込む。ある意味でアメリカの自由とは、ジャズにスウィングしながら創造するプロセスに他ならない。本書はそうしたリズムから生まれた批評の集大成だ。

 

橋本努(北海道大助教授)